黒江は紀州漆器の生産地であり、古くは漆器職人たちの住居兼工房や問屋が立ち並び、今も情緒のある街並みを残している。黒江で生まれ育ち、2013年よりこの場所で鍛冶屋として工房を営む作家、武田伸之氏。今回工房近くの築50年の2階建木造住宅を、家族4人の住まいとして改修することとなった。

先代の住まい手によって丁寧に前定された庭を残す、名もなき小さな家。既存間取りの大きな特徴は、L型の廊下によって和室二間と水回り・食事室が分節されていること。コンパクトな間取りに反して、玄関や表庭、中庭がゆったり確保されていることが印象的であった。また、少なくとも二度改修されており、二階は後に増築されたことが判明した。

作家にとって住まいは作品にどう影響を与えるのか、住まい方は表現になるのか。設計を進めるにあたり、「作家の住まい」をどう捉えるかが大きな課題であった。

作風や目標は変容していくもの。ただその中にも核となる不変なものがある。毎年訪れる春のような、帰宅する自分を迎えてくれる家族のような。作家の挑戦を支える場として存在できるよう「原点」をテーマとし、素材を大きく作り変えるのではなく、活かすという考え方で設計に取り組んだ。

まず既設の天井を取り、梁や野地板を表しに、襖や間仕切りなど建具を撤去した。一階全体をひとつなぎの空間としながら、L型の廊下はそのままに、 水回り・食事室を土間にすることで、レベル差を設けゆるやかに分節した。建具や欄間、カーテンで間仕切り可能な入れ子状の平面とした。

庭と中庭を眺められるよう土間をはさんで東西に新たに開口部を設け、光と風をとりいれる計画とした。また改修の痕跡を見せることで建物の変遷が視覚的に感じられる設えとした。

階段、手すり、ハンドルといった家族の手が触れる部分や、耐震のための補強材は施主が一手に担った。どれも家族のため、住まいのために制作されたもので、例えば鉄の手すりは小さな子どもが握りやすいよう、丹念に叩いて手に馴染む形状になっている。

鍛鉄に限らず、ものづくりの原点は家族にある。
挑戦と原点を往来し変容していく作家と、住まいのこれからが楽しみである。

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